忍者ブログ
皆さんの疑問、悩みをすっきり解決します!!質問箱へ急げ!!
フリーエリア

最新トラックバック
(08/04)
プロフィール
HN:
大前伍長
性別:
男性
バーコード

ブログ内検索
[PR]
2017/11/20(Mon) 14:32:43
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

玉音放送 終戦の詔勅4
2007/10/23(Tue) 11:26:40
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ

朕はここに、国体を護持することができ、忠良なあなたたち臣民の真心を信頼し、常にあなたたち臣民とともにいる


若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム

もし激情の赴くままにみだりに事を荒立て、あるいは同胞が陥れあい、互いに時局を乱したがために、大道(進むべき道)をあやまり、世界の信用を失ったということを、朕は最も戒めるところである。


宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

よく国中の子孫に伝え、神州の不滅を確信し、責任が重く、道が遠いことを重い、国家の総力を将来の建設に傾け、道義をあつくし、主義や考えなどを固く守る意志をかたくし、国体の真価を高め、世界に遅れないようにするべきだ。あなたたち国民はよく朕の意思を汲め。



で、終わりです。今回のところは非常に難しかった。単語もわからんし、文法的にも難解(調べてないけどw)。単語に関しては結構調べたけど、旧漢字とかが多いし、漢字字典古語辞典にも載っていない単語、おそらくニュアンスでつかむべき語なんでしょうが、時代が違って漢字の組み合わせ、しかも旧漢字の組み合わせだけで意味を汲み取るのは難解でした。
よって誤訳の可能性大いにあり。

特に

朕最モ之ヲ戒ム

の部分。誰を戒めているのかわからんのですよ。天皇自身なのか、激情のままに動いた国家自体をなのか。わしは後者の方を選びました。
なぜなら、原稿を書いたのが天皇自身ではなく、天皇の責任となるような文章を天皇に読ませるはずがないからです。
要するに、政府、特に軍部の暴走によって国家が主戦派と穏健派に分裂し、今回の戦争に突入したことを戒めているのではないかと。そう思いました。

感想:古文というよりも言葉使い的に漢文の読み下し文を読んでいるのに近かったですね。
PR
玉音放送 終戦の詔勅3
2007/10/19(Fri) 13:00:06
はい、だれも見てないけど、やりますよー!!!w

帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非
命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ


帝國の臣民で、戦陣で死に、思いがけず倒れた者達とその遺族に思いをはせると、


五内爲ニ裂ク

五臓をそのために裂く→五臓が裂ける想いだ


且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ

また、戦傷を負って、災禍を受け、家業を失った者の厚生にいたっては、朕は深く心を痛めるのである


惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル

思うに、今後帝國が受けるはずである苦難はいうまでもなくただ事ではなく、その臣民の思うところも、朕は本当にわかる


然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

しかし、朕は、時運の向かうところ、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、これによって万世のために平和を築きたいと思う
(赤字部分超有名)




はい、ここまで!眠い!!!!
あと一回で終わる!

玉音放送 終戦の詔勅2
2007/10/19(Fri) 12:59:17
加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害
ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル


・さらに敵は新たに残虐な爆弾(原爆)を使用してしきりに無辜(むこ:罪のない人)を殺傷し、惨害は本当に予想できなかったものとなった(予想だにしないできごとが!!って感じです)


而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ

・しかもなお戦争を続けるとなると、我民族の滅亡を招くのみならず、全人類の文明までも破滅させることになるだろう


斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

・もしそんなことになってしまったら、朕はどうやって億、兆の国民(赤子は、天皇が親として国民のことをいっている)を保安し、歴代天皇の神霊に謝ることができようか。これが、朕が帝國政府に共同宣言に応ずるようにさせるに至った理由である。


朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス

・朕は、日本とともに終始東アジアの解放のために戦ってきた諸盟邦に対して、残念であったという意を表さないわけにはいかない



今回はここまで。
意外と長いですね…
てかだれか読んでるのか?wwwww

さて、最後の、帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦とありますが、これが何を指しているかわかりますか?日本だけがアメリカと戦っていたわけではないんですよ。

日本が敗勢に回り始めてから、大東亜会議なるものが開催されました。
そこに中国、満州、フィリピン、インドネシア、ビルマ、タイ、インドの代表が集まっています。ここでいう中国とは、蒋介石の重慶政府ではなくて、汪兆銘の南京政府です。
各国は真に日本を信頼してというよりも、この機に日本を利用して独立するべきだ!という立場なのですが、表向きは日本に協力的なわけです。日本に負けられると独立はなくなりますから。
外交とはこの様なものだと思いますね。
本当に仲が良いと思わせておいて実は、自国のために相手を利用し続ける。


玉音放送 終戦の詔勅
2007/10/17(Wed) 08:20:23
玉音放送の頁
上記サイトに音声ファイルもあります。原文は上記サイトより拝借しました。

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

・朕は世界の大勢と帝國の現状とを考慮し、非常の措置をとって時局(戦争)を終わらせようと思ったので、いまからあなたたち忠良な臣民に告げる。


朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

・朕は帝國政府に、米英支(中国)蘇(ソ連)に対してその共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告するように命じた。


抑ゝ(そもそも)帝國臣民ノ康寧(こうねい)ヲ圖(はか)リ萬邦共榮ノ樂(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスルハ

・そもそも帝國臣民が心身ともに健康であるようにし、世界がともに栄える楽しみをともにすることは


皇祖皇宗(こうそこうそう)ノ遺範ニシテ朕ノ拳々(けんけん)措(お)カサル所

・代々天皇家の遺範(規範みたいな)であり、朕が常に意識しているところであり


曩ニ(先に)米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ

・先に米英二国に対して宣戦した理由も、まさに帝國の自存と東アジアの安定とを願ったところから出ており


他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

・他国の主権を排除して、その領土を侵略するようなことは、元々朕の意図していたことではない


然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス

・それにも関わらず、戦争状態は四年を経過し、朕の陸海軍将兵の勇戦、朕の官吏役人の励精、朕の一億庶民の奉公がそれぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は好転したとはいえず、世界の情勢もまた我々に不利である



長いからここでいったん切ります。
ここまででいえることは、国体の護持(立憲君主制)のために、原稿を考えた人たちが一生懸命天皇に責任が及ばないように計らったことでしょう。天皇のため?
それもあるでしょうが、当時の日本人にとって天皇は神です。神に戦争責任が及んでは自分達の立場がありません。キリストが、釈迦が、アラーが侮辱されるようなものですよ。

世界の情勢も我々に不利とは、同盟国のイタリア、ドイツは降伏し、イタリアにいたっては連合国側として参戦しちゃったりします。んで、原爆2発落とされたと思ったら火事場泥棒的にソ連(日ソ中立条約を破って)が参戦してきます。不利も不利ですよ。

大日本帝国憲法
2007/10/16(Tue) 09:37:57
絶対入試にでない古文第二回目。
大日本帝国憲法いきましょうか。
昭和やるよーって言っておいていきなり明治やるあたり適当ですw

1874年(明治7年)からの自由民権運動において、様々な憲法私案(私擬憲法)が各地で盛んに執筆された。しかし、政府はこれらの私擬憲法を持ち寄り議論することなく、大日本帝国憲法を起草したため、憲法に直接反映されることはなかった。政府は、国民の言論と政治運動を弾圧するため、1875年(明治8年)の讒謗律、新聞紙条例、1880年(明治13年)の集会条例など、様々な法令を定めた。1887年(明治20年)の保安条例では、民権運動家は東京より退去を強いられ、これを拒んだ者を拘束した。


ここの前知識はwikipediaからの引用です。

こういう知識が必要なんですね。
ちなみに憲法制定の際に参考にしたのが立憲君主主義をとっていたドイツのプロイセン憲法(1850年)です。

じゃあやっていきましょう
まず第一条。これは暗記してください。常識です。わしのなかでw

大日本帝国憲法第1条
大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

簡単すぎますね。

・大日本帝国は万世一系の天皇が統治する

なお、大正期においては,国家法人学説を前提に,天皇に主権はなく,法人である国家の最高機関としてその意をうけて権能を振るうとする天皇機関説が憲法学会の通説であった。


天皇機関説美濃部達吉ですよ!


次第二条
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス

・皇位は皇室典範に定められているように、天皇の息子(皇子)が継承する

第四条
天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リテ之ヲ行フ

総攬(総覧)の意味は「統合して一手に掌握すること」
・天皇は国の元首であり、統治権を掌握してこの憲法の条規に従ってこれ(統治権の掌握)を行う

実際は議会で決まったことにいちいち承認を与えるというぐらいのものでした。拒否するということはまれだったようですよ。終戦時の昭和天皇の御裁断が異例のことであったことからそれが伺えます。まあ、本当にそれでいいのか?考えなおせよ。ぐらいはあったでしょう。実際若き日の昭和天皇は結構それで説教してたっぽいですね。

第十一条(統帥権
天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

・天皇は陸海軍を統帥する

なぜこれをのせたかというと、統帥権が後の歴史で大きな意義を持つからです。
陸海軍は天皇が直接統率するという意味から、軍隊が議会、政府の介入を統帥権の侵犯だと主張し始めるのです。

関東軍(満州にいた日本軍、関東は中国でいう関東)では、陸軍省、参謀本部からの命令でさえも統帥権の侵犯であるとして、再三の不拡大方針を無視、短期間の間に満州を制圧します。

1931年(昭和6年)9月18日に奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖で、関東軍(大日本帝国陸軍)が南満州鉄道の線路を爆破した事件(柳条湖事件)に端を発し、関東軍による満州(現中国東北部)全土の占領を経て、1933年(昭和8年)5月31日の塘沽協定成立に至る、日本と中国(国民政府)との間の戦争(紛争、事変)。関東軍はわずか5ヶ月の間に満州全土を占領し、軍事的にはまれに見る成功を収めた


これは国土的野心に基づく行動ではなく、当時各地に馬賊が割拠し、まったく統一の取れていなかった治安の悪い満州を日本軍の力でまとめてからそこに政権を樹立して、五族共栄の楽土を作ろうとしたために起こされたものである。また、政権の樹立後も、満州人に統治能力がないと想定し、日本による介入も考えられていた。介入というか指導だね。
当然、満州をまとめるということはソ連の南下を食い止めるという意味もあります。
首謀者は、関東軍参謀石原莞爾板垣征四郎です。


わしとしては、天皇の意向も聞かずになにが統帥権だ。となりますが、天皇は意見を言う立場にはなかったのですね。神ですから。だから陸軍が考えたことは天皇が考えたこと。それに意義を唱えることは統帥権を侵犯することだとなるのです。

ちなみに、1936年(昭和11年)2月26日-29日に、日本において、陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが起こした二・二六事件の時は、昭和天皇は激怒し、自ら近衛師団を率いて鎮圧すると言っていたようです。これは本当に異例です。

朕ガ股肱ノ老臣ヲ殺戮ス、此ノ如キ凶暴ノ将校等、其精神ニ 於テモ何ノ恕スベキモノアリヤ

・朕の腹心である老臣を殺害するという凶暴な将校達はその精神(国のためを思った決起)においても許せるものではない!
※「恕する」:思いやりの心で罪や過ちを許す。儒教の言葉「

ちょっと上の「其精神ニ 於テモ何ノ恕スベキモノアリヤ」の訳自信ないんですけどwwwwww
だれか文法的に助けて!!!!wwwww

朕自ラ近衛師団ヲ率ヰ此レガ鎮定に当タラン

・朕が自ら近衛師団を率いてこの(反乱)の鎮圧にあたろう!

忍者ブログ [PR]

Designed by A.com