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大日本帝国憲法
2007/10/16(Tue) 09:37:57
絶対入試にでない古文第二回目。
大日本帝国憲法いきましょうか。
昭和やるよーって言っておいていきなり明治やるあたり適当ですw

1874年(明治7年)からの自由民権運動において、様々な憲法私案(私擬憲法)が各地で盛んに執筆された。しかし、政府はこれらの私擬憲法を持ち寄り議論することなく、大日本帝国憲法を起草したため、憲法に直接反映されることはなかった。政府は、国民の言論と政治運動を弾圧するため、1875年(明治8年)の讒謗律、新聞紙条例、1880年(明治13年)の集会条例など、様々な法令を定めた。1887年(明治20年)の保安条例では、民権運動家は東京より退去を強いられ、これを拒んだ者を拘束した。


ここの前知識はwikipediaからの引用です。

こういう知識が必要なんですね。
ちなみに憲法制定の際に参考にしたのが立憲君主主義をとっていたドイツのプロイセン憲法(1850年)です。

じゃあやっていきましょう
まず第一条。これは暗記してください。常識です。わしのなかでw

大日本帝国憲法第1条
大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

簡単すぎますね。

・大日本帝国は万世一系の天皇が統治する

なお、大正期においては,国家法人学説を前提に,天皇に主権はなく,法人である国家の最高機関としてその意をうけて権能を振るうとする天皇機関説が憲法学会の通説であった。


天皇機関説美濃部達吉ですよ!


次第二条
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス

・皇位は皇室典範に定められているように、天皇の息子(皇子)が継承する

第四条
天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リテ之ヲ行フ

総攬(総覧)の意味は「統合して一手に掌握すること」
・天皇は国の元首であり、統治権を掌握してこの憲法の条規に従ってこれ(統治権の掌握)を行う

実際は議会で決まったことにいちいち承認を与えるというぐらいのものでした。拒否するということはまれだったようですよ。終戦時の昭和天皇の御裁断が異例のことであったことからそれが伺えます。まあ、本当にそれでいいのか?考えなおせよ。ぐらいはあったでしょう。実際若き日の昭和天皇は結構それで説教してたっぽいですね。

第十一条(統帥権
天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

・天皇は陸海軍を統帥する

なぜこれをのせたかというと、統帥権が後の歴史で大きな意義を持つからです。
陸海軍は天皇が直接統率するという意味から、軍隊が議会、政府の介入を統帥権の侵犯だと主張し始めるのです。

関東軍(満州にいた日本軍、関東は中国でいう関東)では、陸軍省、参謀本部からの命令でさえも統帥権の侵犯であるとして、再三の不拡大方針を無視、短期間の間に満州を制圧します。

1931年(昭和6年)9月18日に奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖で、関東軍(大日本帝国陸軍)が南満州鉄道の線路を爆破した事件(柳条湖事件)に端を発し、関東軍による満州(現中国東北部)全土の占領を経て、1933年(昭和8年)5月31日の塘沽協定成立に至る、日本と中国(国民政府)との間の戦争(紛争、事変)。関東軍はわずか5ヶ月の間に満州全土を占領し、軍事的にはまれに見る成功を収めた


これは国土的野心に基づく行動ではなく、当時各地に馬賊が割拠し、まったく統一の取れていなかった治安の悪い満州を日本軍の力でまとめてからそこに政権を樹立して、五族共栄の楽土を作ろうとしたために起こされたものである。また、政権の樹立後も、満州人に統治能力がないと想定し、日本による介入も考えられていた。介入というか指導だね。
当然、満州をまとめるということはソ連の南下を食い止めるという意味もあります。
首謀者は、関東軍参謀石原莞爾板垣征四郎です。


わしとしては、天皇の意向も聞かずになにが統帥権だ。となりますが、天皇は意見を言う立場にはなかったのですね。神ですから。だから陸軍が考えたことは天皇が考えたこと。それに意義を唱えることは統帥権を侵犯することだとなるのです。

ちなみに、1936年(昭和11年)2月26日-29日に、日本において、陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが起こした二・二六事件の時は、昭和天皇は激怒し、自ら近衛師団を率いて鎮圧すると言っていたようです。これは本当に異例です。

朕ガ股肱ノ老臣ヲ殺戮ス、此ノ如キ凶暴ノ将校等、其精神ニ 於テモ何ノ恕スベキモノアリヤ

・朕の腹心である老臣を殺害するという凶暴な将校達はその精神(国のためを思った決起)においても許せるものではない!
※「恕する」:思いやりの心で罪や過ちを許す。儒教の言葉「

ちょっと上の「其精神ニ 於テモ何ノ恕スベキモノアリヤ」の訳自信ないんですけどwwwwww
だれか文法的に助けて!!!!wwwww

朕自ラ近衛師団ヲ率ヰ此レガ鎮定に当タラン

・朕が自ら近衛師団を率いてこの(反乱)の鎮圧にあたろう!

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